大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(う)2140号 判決

主文

原判決のうち被告人を罰金五〇〇〇円に処した部分を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

<前略>

一、記録によれば、被告人は、昭和三六年八月七日、静岡県公安委員会から、道路交通法第九一条により、被告人が運転することができる自動車の種類を、軽自動車のうち、二輪の自動車及び農耕作業用の自動車に限定した軽自動車免許(以下、二輪限定軽免許と略称する)を受け、その後昭和三九年八月六日、その免許証の有効期間が更新され、運転免許台帳にも、その有効期間が昭和四二年八月五日までと記載されていることが明らかである。

二、昭和三九年六月一日法律第九一号による改正前の軽自動車免許を受けた者が運転することができる自動車は(一)二輪の自動車以外の自動車で、車体の大きさが長さ三、〇〇メートル以下、幅一、三〇メートル以下、高さ二、〇〇メートル以下のもののうち、特殊自動車及び(三)に掲げる自動車以外のもの(内燃機関を原動機とする自動車にあつては、その総排気量が〇、三六〇リツトル以下のものに限る。)(二)二輪の自動車で、車体の大きさが長さ二、五〇メートル以下、幅一、三〇メートル以下、高さ二、〇〇メートル以下のもののうち、特殊自動車及び(三)に掲げる自動車以外のもの(内燃機関を原動機とする自動車にあつては、その総排気量が〇、二五〇リツトル以下のものに限る。)(三)農耕作業用自動車及び内閣総理大臣が指定する特殊作業用自動車で、車体の大きさが長さ四、七〇メートル以下、幅一、七〇メートル以下、高さ二、〇〇メートル以下のもののうち、一五キロメートル毎時をこえる速度を出すことができない構造のもの(内燃機関を原動機とする自動車にあつては、総排気量が一五〇リツトル以下のものに限る。)の三種類とされていたのであるから(昭和四〇年六月一日法律第九六号による改正前の道路交通法第三条第一項、昭和三九年八月三一日総理府令第三六号による改正前の道路交通法施行規則第二条第一項)、前記昭和三九年法律第九一号による改正前は、二輪限定軽免許を受けていた被告人としては、前記軽自動車のうち、(二)の二輪の自動車及び(三)の農耕作業用の自動車を運転することはできたが、(一)の二輪の自動車以外の自動車、すなわち三輪又は四輪の軽自動車は運転することができなかつたわけである。しかし、二輪限定軽免許に付せられたこの制限は、道路交通法第九一条による免許を受けた者が運転することができる自動車の種類の限定であることが明らかであるから、右改正前は、二輪限定軽免許を受けた者が前記(一)の二輪の自動車以外の自動車すなわち三輪又は四輪の自動車を運転したときは、同条に違反したものとして、同法第一一九条第一項第一五号により処罰されるに過ぎないものであつて、同法第六四条に違反したものとして、同法第一一八条第一項第一号の無免許運転として処罰されるべきものではない。

もつとも、被告人が二輪限定軽免許を受けた当時は、昭和三五年一二月三日総理府令第六〇号道路交通法施行規則第二四条により、技能試験について、前記(二)の二輪の自動車だけを運転しようとする者は、二輪の軽自動車を使用することができるものとされており、被告人の当審における供述によれば、同人は、運転することができる自動車の種類を二輪の自動車及び農耕作業用の自動車に限定した軽自動車免許を受けるため、二輪の軽自動車を使用して技能試験を受けたことが明らかである。このことは、検察官も主張しているようにに、実際上、二輪限定軽免許は比較的に簡単な試験と資格で与えられていることを示しているし、又二輪の軽自動車や農耕作業用の自動車と前記(一)の二輪の自動車以外の自動車すなわち三輪又は四輪の軽自動車とは、構造上及び運転上相当の差異があることは充分に推察することができるが、右改正前の法律の立前としては、二輪限定軽免許は、公安委員会が、道路交通法第九一条により、軽自動車免許を与えるについて、右免許を受けた者が運転することができる自動車の種類を限定したに過ぎないものというべきであるから、このことによつて、右の解釈を左右すべき理由はない。

三、前記昭和三九年法律第九一号による道路交通法の改正及び同年八月三一日総理府令第三六号による同法施行規則の改正の結果、右改正法が施行された同年九月一日以後は、軽自動車は前記(一)の二輪の自動車以外の自動車及び(二)の二輪の自動車に限ることとし、(三)の農耕作業用の自動車等は、軽自動車とは別個の自動車の種類として新設された小型特殊自動車の中に含ませると同時に、これを運転しようとする者は、軽自動車免許とは別個の免許の種類として新設された小型特殊自動車免許を受けなければならないこととされたため、同法附則3第二号ないし第五号の経過規定を設け、同法施行の際、現に右改正前の法律によつて軽自動車免許(道路交通法第九一条による運転することができる自動車の種類の限定がないもの)を受けていた者については、右改正後の法律による軽自動車免許及び小型特殊自動車免許を受けたものとみなすばかりでなく、同法施行の際、現に右改正前の法律により二輪限定軽免許を受けていた者についても、右改正後の法律による軽自動車免許及び小型特殊自動車免許を受けたものとみなすこととされたが(右附則3第二号)、二輪限定軽免許に付せられていた運転することができる自動車の種類の限定は右改正後も引き続きその効力を有するものとされている(右附則4)。しかし右改正法施行の際、現に右改正前の法律により軽自動車免許を受けていた者であつても、運転することができる自動車の種類が右改正後の法律による特殊小型自動車あるいは同自動車及び右改正後の法律による原動機付自転車又は第一種原動機付自転車に限定されていた者については、右改正後の法律による小型特殊自動車免許あるいは同免許及び第二種原動機付自転車免許又は第一種原動機付自転車免許を受けたものとみなすこととされているだけであつて、右改正後の法律による軽自動車免許を受けたものとみなすこととはされていないのであるから、これらの者は、右法律改正の結果、これらの者が右改正法施行の際、現に右改正則の法律によつて与えられていた軽自動車免許は、その内容が空白となつたばかりでなく、免許証や運転免許台帳にその表示を残してはいるものの、法律的にはその形骸をも失い、名実共に消滅し、右改正後の法律による小型特殊自動車免許あるいは同免許及び第二種原動機付自転車免許又は第一種原動機自転車免許に移行し、いわば右各免許と読替えることになつたものと解すべきものであり、右改正法附則4が、右改正前の法律により、公安委員会が運転免許について付した自動車の種類の限定に関する経過規定を設けるについて、特に右附則第三号ないし第五号に掲げるものを除外しているのも右の見解を前提としているものと解されるから、これらの者が、右改正後、右改正後の法律による軽自動車を運転したときは、道路交通法第六四条に違反したものとして、同法第一一八条第一項第一号の無免許運転として処罰されるべきものであり、同法第九一条に違反したものとして、同法第一一九条第一項第一五号により処罰する限りではないものと解すべきである。

四、前記昭和四〇年法律第九六号による道路交通法の改正及び同年八月二八日総理府令第四一号による同法施行規則の改正の結果、右改正法が施行された同年九月一日以後は、軽自動車は前記(一)の自動車に限ることとし、(二)の二輪の自動車は、軽自動車とは別個の自動車の種類として新設された自動二輪車の中に含ませると同時に、これを違転しようとする者は、軽自動車免許とは別個の免許の種類として新設された自動二輪車免許を受けなければならないこととされたため、同法附則第三条第一項の経過規定を設け、同法施行の際、現に右改正前の法律により、小型特殊自動車免許、第一種原動機付自転車免許、第二種原動機付自転車免許及び仮運転免許を除く運転免許を受けていた者は右改正後の法律による自動二輪車免許を受けたものとみなすこととされた結果、右改正則の法律により二輪限定免許を受けていた被告人もまた右改正後の法律による自動二輪車免許を受けたものとみなされることになつたわけである。当審証人池田和顕は、同法附則第三条第一項は、右改正法施行の際、現に右改正則の法律による軽自動車免許を受けていた者で、運転することができる自動車の種類が限定されていない者には適用があるが、二輪限定軽免許を受けていたに過ぎない者には適用がなく、二輪限定軽免許を受けていた者は、右改正法の条文を類推し、行政上の措置として、右改正法による自動二輪車免許を受けたものとみなされる過ぎない旨証言しており、又右附則には前記昭和三九年法律第九一号による改正法の附則3第三号ないし第五号のような規定を設けていないが、二輪限定軽免許も、運転することができる自動車の種類にこそ限定が付されているが、軽自動車免許であつたことにはかわりがないのであるから、右附則第三条第一項の適用をはばむ理由はない。

又右法律改正の結果、右改正後の法律による軽自動車免許を受けた者は右附則第五条第一項により、右改正法施行の日から三年を経過した昭和四三年九月一日以後は、普通自動車免許を受けたものとみなすこととされており、なお右改正後の法律による軽自動車免許を受けた者には当然右免許を受けたとみなされた者をも含むものと解すべきであるが、右規定は、最近の三輪又は四輪の軽自動車が長足の改良と発達をとげたため、その性能及びこれを運転する技術が普通自動車のそれとの間に殆んど差異がなくなつてきた実情に鑑み、三年の猶予期間をおいた昭和四三年九月一日以後は、右改正後の法律による軽自動車免許を普通自動車免許に切り替えることとしたものと解されるから、右規定の適用を受ける軽自動車免許は、運転することができる自動車の種類が限定されていなかつたものに限られるものと解すべきであり、右改正前の法律による二輪限定軽免許は、右改正後も、三輪又は四輪の軽自動車とは構造上及び運転上相当の差異がある右改正後の法律による二輪自動車を運転することができるものに過ぎないのであるから、右規定は右改正前の法律による二輪限定軽免許には適用の余地がないものと解すべきである。

以上の経過規定を総合して考慮すれば、右改正法の附則は特に明文は置いていないが、右改正法施行の際、現に右改正前の法律によつて与えられていた二輪限定軽免許は、右法律改正の結果、その内容が空白となつたばかりでなく、免許証や運転免許台帳にその表示を残してはいるものの、法律的にはその形骸をも失い、名実共に消滅し、右改正後の法律による自動二輪車免許に移行し、いわば右免許と読替えることになつたものと解すべきであり、右改正法の附則に、昭和三九年法律第九一号の附則4のような経過規定が設けられていないのも、右の見解を前提したものと解されるし、又前記池田証人の証言によれば、右改正法施行の際、現に右改正前の法律によつて与えられていた二輪限定軽免許を右改正法施行後更新する際は、右改正後の法律による自動二輪車免許を交付する取扱いがされていることが明らかであるが、右実際上の取扱いもまた右の見解を前提としているものと思われる。

従つて、右改正法施行の際、現に右改正前の法律によつて与えられた二輪限定免許を受けていた者が、右改正法施行後、右改正後の法律による軽自動車を運転したときは、道路交通法第九一条に違反したものとして、同法第一一九条第一項第一五号によつて処罰すれば足りるものではなく、同法第六四条に違反したものとして、同法第一一八条第一項第一号の無免許運転として処罰すべきものといわなければならない。

五、原判決はこれと反対の見解に立ち、その理由として、右昭和四〇年法律第九六号による道路交通法の改正法の附則第二条の「軽自動車」並びに「軽自動車免許」を削除する規定は、右附則第一条により、右改正法施行の日から三年を経過した昭和四三年九月一日までは施行されないこととされていることを論拠とし、同日までは軽自動車免許はその効力を失うものではないから、たとえ前記昭和四〇年総理府令第四一号による道路交通法規則の改正により、前記(二)の二輪の自動車が右改正後の法律による軽自動車の中から削られたとしても、右附則第二条第五項のような特別の規定が設けられていない以上、被告人が右改正前の法律によつて与えられていた軽自動車免許全体の効力を左右するものとは考えられないと説示している。

しかし、右附則第一条が、右改正法施行の日から三年を経過した昭和四三年九月一日までは施行しないと規定している右附則第二条の「軽自動車」並びに「軽自動車免許」はいずれも右改正後の法律によるそれを指すものであり、右附則第五条により、軽自動車免許が、右改正法施行の日から三年を経過した昭和四三年九月一日普通自動車免許に切替えられるまでは、これを存続させることを規定したものであつて、右改正前の法律によるそれを指すものでないことは、法文上明らかであるから、右規定があるからといつて、右改正前の法律による「軽自動車」並びに「軽自動車免許」がそのまま昭和四三年九月一日まで存続すると解すべき理由はない。

又、右附則第二条第五項は、道路交通の安全を保持する必要上、同条第三項又は第四項において、右各項所定の者が運転することができる自動車を、公安委員会が行う審査に合格するまでの間は、右改正前の法律に規定する自動三輪車又は第二種原動機付自転車に限定すると共に、これに違反して、右以外の自動車を運転したときは道路交通法第六四条違反として、無免許運転に関する罰則により処罰することを規定したものに過ぎないから、右改正法施行の際、現に右改正前の法律によつて与えられていた二輪限定軽免許について、右のような規定が設けられていないことを理由として、前記見解を左右することは当らない。なお原判決は、右法律改正の結果、従来受けていた運転免許のほかに、追加的に自動二輪車免許をも受けたものとみなすべきものであり、従前の免許の効力を消滅させ、これに代えて自動二輪車免許を受けたものとみなされるに過ぎないものとは考えられないと説示しており、又検察官は、右法律改正の結果、従前の二輪限定軽免許は、全くその内容を失い、単にその形骸を残すに週ぎないと主張するが、当裁判所がこれらの見解をとらないことはすでに詳細に説明したとおりである。

六、右法律改正の結果、右改正前は、単に道路交通法第九一条に違反するものとして、同法第一一九条第一項第一五号により処罰されたに過ぎなかつた行為が、右改正後は、同法第六四条に違反するものとして、同法第六四条第一項第一号の無免許運転として重く処罰されることになるわけであるが、右改正前の法律によれば、二輪限定軽免許を受けた者は単に運転することができる自動車の種類を軽自動車の一部に限定されているに過ぎないという立前になつていたところから、反射的に、右限定以外の自動車を運転したときは単に道路交通法第九一条に違反するものとされていたに過ぎず、特にその者に特別の利益ないし権利が付与していたわけではないのであるから、右法律改正の結果を目して、いわゆる既得権のはく奪であると解することはできない。

よつて原判決は道路交通法第一一八条第一項第一号の無免許運転とすべきものを同法第一一九条第一項第一五号の条件違反の運転と解した点において法令の適用に誤があるし、なお右の各違反に対する法定刑に差があるのみならず、両者に対する法的評価についても相当の差異を発見するので、適用の誤は判決に影響を及ぼすことが明かというべく、従つて論旨は理由がある。<後略>(河本文夫 藤野英一 金隆史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例